認知症ってどうなることですか?

アルツハイマー型認知症の初期と診断されたある高齢のご婦人が、娘からお母さんは認知症だと言われて怒っていた。
彼女は、認知症になるってどうなることですか、と鋭い口調で私に質問した。
私が、認知症になるっていうのは、死ぬのが怖くなくなるということですよ、と答えると、彼女は、じゃあ、私はまだ認知症じゃないわ、でも認知症になるのもいいわね、と言って微笑んだ。
これは、亡き師豊倉康夫先生から教わった答えである。
先生は、「神様は死の前にデメンチア(認知症のこと)を与えて下さった。
死ぬことを怖がらなくなるようにね」と言っておられた。
しかし、先生にはその恩寵は与えられなかった。
八十歳で亡くなられる最後まで、先生の頭脳は明晰そのものだった。
それが、先生にとって幸せだったのか、望まれぬものであったのか、私には知るよしもないが、神は死の前に認知症を与えてくださったという師の言葉は、これから死とそして認知症、という二つの巨人に立ち向かっていく私自身の心にも沁みわたってくる。
認知症になることに不安を感じ、思い悩む高齢者は少なくないが、長生きをすれば、いつかは認知症になるのが運命だ。
認知症を発症するまで生き延びたかどうかが問題なのである。
認知症というのは長生きした人への神様からのご褒美かもしれないね、という師の言葉と、認知症になるのもいいわね、と言ったあの老婦人の微笑みとは、価値観を共有しているのだ。

岩田 誠
(婦人の友社刊『明日の友』199号、2012年8-9月より)