老いてこそ

老いには、一般にマイナスイメージがあるが、加齢という語を見ればわかるように、「加える」、すなわちプラスの面を見落としてはならない。
医学部の学生に、加齢という語から感じられるイメージを問うと、髪や歯が抜け落ちる、顔に皴がよる、腰が曲がる、歩くのが遅くなる、転びやすくなる、忘れっぽくなる、病気になりやすくなるなど、様々なマイナス要素を指摘する。
そこで、それでは年をとると得られるものは何だろうかと尋ねても、なかなか答えは出ない。
それどころか、若い人たちにとって、年をとるということは、得たものを失っていく過程に他ならないように思われている。
そのようなマイナスイメージの議論が出尽くしたところで、私は学生たちに、「臈長けた」という言葉の意味を問う。
私が、神経系の加齢についての講義を行った10数年の間に、この質問に答えられた学生は、たった一人しかいなかった。
この質問に皆が答えられなかった後に、私は、もし君たちにおじいさんやおばあさんがいるなら、この質問をして御覧なさい、きっと答えてくれますよ、と学生たちに言った。
歳をとっても語彙は減るどころか増え続ける。
語彙、それは知識そのものであるから、老いるほど知識は増えることになる。
私たちの脳には、一度記録した情報を削除する機能はついていないので、知識は無限に増え続ける。
知識の絶え間ない増大、それこそが高齢者の存在意義だと、私は思う。

岩田 誠
(婦人の友社刊『明日の友』197号、2012年4-5月より)