ラングストン先生の発見

1983年に、サンフランシスコの近くのサンノゼという町で、衝撃的な事件が生じました。密造麻薬を使用した疑いで拘留されていた若い男性が、一晩にしてパーキンソニズムを発症したのです。診察を依頼された若い脳神経内科医のラングストンは、これが薬物によって生じたパーキンソニズムであると考え、調べてみると、同じ売人から密造麻薬を買った20数人の若者のうち8人が、ほとんど同じ日にパーキンソニズムを発症してことがわかりました。使い残しの薬物を調べてみると、そこからMPTP(メチルフェニルテトラヒドロピリジン)という毒物が見つかりました。Scienceという雑誌に掲載されたラングストンの論文でこれを知った米国国立衛生研究所(NIH)の研究者グループは、MPTPを猿に注射したところ、猿はパーキンソニズムを生じました。

実は、NIHのグループは、1979年に、密造麻薬でパーキンソニズムを発症した若者を経験していました。化学の大学院生だった患者は、自分で使用する目的で、自宅のガレージで麻薬の密造をしたのですが、合成温度が少し高すぎたため、目的の麻薬だけでなく微量のMPTPも出来てしまいました。これを自分に注射した若者は、パーキンソニズムを生じてNIHに入院し、微量のMPTPが原因であろうと結論付けられ、レボドパが投与されたところ、劇的によくなり退院しました。この若者は、その後コカイン中毒で死亡したのですが、解剖してみると、脳の黒質の細胞はほとんど無くなっていたのです。そこで彼らは、MPTPがパーキンソニズムの原因であることを証明しようと、ラットやネコに注射して実験したのですが、動物には何らの症状も出ませんでした。ラングストンの論文を読んだ彼らは、改めて猿で実験したところ、見事に成功を収めたのです。

その後の研究で、MPTPそのものには毒性がなく、脳内の黒質に多いモノアミン酸化酵素-B(MAO-B)によりMPTPがMPP+(メチルフェニルピリジニウム)というイオンに変換されることによって、毒性が生じることがわかりました。すなわち、動物に予めセレギリン(MAO-B阻害薬)を与えておいてからMPTPを与えても、何も生じなかったのです。これは大発見でした。MPTPそのものは、自然界には存在しない物質ですから、パーキンソン病の原因ではありません。しかし、脳内に溜まってくるMPTP様の物質(物質X)が、MOA-Bの働きで毒性物質に変化し、パーキンソン病を引き起こすのではないかと考えられたのです。物質Xが果たして何であるかは、未だもって不明ですが、このストーリーに従って、セレギリンはパーキンソン病の進行を抑えるのではないかという考えが提唱され、幾つかの治験が行われました。この仮説が正しいかどうかは、未だ確定していないのですが、副作用の極めて少ない薬剤なので、パーキンソン病患者の最初の治療薬として、使われるようになったのです。

岩田 誠